30th Anniversary
MACHIII OWNER'S MEEING in AKASHI

 

カワサキマッハIII生誕30周年記念

生誕30周年マッハIIIオーナーズミーティングを終えて

 

1969年9月当時、市販車では世界最速と言われたバイクが国内に登場した。車名を、カワサキ500SSマッハIII。言わずと知れたじゃじゃ馬マッハである。

今年は、1999年。国内市販されてから30周年である。大阪マッハIIIオーナーズクラブでは、生誕30周年マッハIIIオーナーズミーティング IN AKASHI と名うつて、愛車マッハIIIを明石工場に里帰りさせるべく、ミーティングを企画した。

10月16日、関東からは群馬・埼玉・千葉・神奈川、九州からは鹿児島・長崎・佐賀など、全国から32名が集結した。その中には、推定60歳のAさん、唯一の女性オーナーのEさんも含まれている。32名と言うと少ないように思われるが、自走参加というクラブの要望を打ち出したからだと思っている。雨が降ったら車でとか、電車でとか言う参加希望者はすべて主旨をご理解いただき、遠慮していただいた。1年前からバイク専門各誌に告知し、インターネットのホームページにはこう告知した。

マッハは走ってこそマッハ。そこの床の間にマッハを飾っているあなた。そうあなたですよ。まだ時間は十分あります。公道走行可能な状態にして、是非参加して下さい。

明石工場内での、昼食後の技術者懇談会では、マッハのテストライダーである清原さんをはじめ、工場の方々より「マッハは500。」だと明言していただき、工場及び歴史車館見学、明石海峡大橋までのショートツーリングを終え、宿泊場所の神戸農業公園へ向かう。夕食はバーベキュー形式。キヨさんの乾杯のあいさつで、神戸牛と神戸ワインに舌鼓をうつ。初対面の人とでもマッハ談義で親睦は否が応にも深まっていく。夜が更けるのを忘れて、深夜までの二次会。キヨさんも、0時近くまで同席していただいた。

翌朝、記念写真を撮るために32台のマッハIIIが並ぶと、思わずニンマリしたのは私だけではないだろう。実行委員長のあいさつが済み、それぞれ帰路へ。なぜか久しぶりに会った昔の恋人との別れの様な気がした。

今回は大阪マッハIIIオーナーズクラブ主催により、明石でミーティングを行ったが、これからは全国各地でこのようなミーティングが行われることを願い、ペンを置く。

最後に、清原さんをはじめ工場関係の方々、カワサキモータースジャパンの小林さん、西尾さん、工場を案内してくれた松田さん、遠方より自走で参加してくれた方々、どうもありがとうございました。

1999年11月17日
大阪マッハIIIオーナーズクラブ

代表  松谷 降 


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