クリームのフューエルタンクライナーは 十年ほど前にもお世話になったことがあった。
カワサキW1のタンクの錆取りコーティングに使ったのだ。タンクライナーはコーティングの下で錆が再発したら もはや処置無しになるが
未だに錆が再発していないところをみるとスグレものである。 W1のタンクは背中の部分でボルトで固定するが ゴム製のタンクマットが硬化すると
この固定している部分が振動で割れてくる。 割れてくるとガソリンがダダ漏れになる。
修理するには溶接し FRPで整えたりするのだが やはりガソリンが入っていたものなので溶接中に引火でもしたら大変なことになる。
そんな訳で溶接する時は水を入れることになった。 果たして 溶接とFRPと塗装はなんとかなったが 再びガソリンを入れて使ううちにタンクの内側がサビサビになった。
新品で買ったタンクが 一年も経たないうちに割れるわ錆びるわでは悲しすぎるので これは何とかしたいと思った。
まずは灯油とネジクギを入れてシェイクすることを試した。 汗だくでタンクを振り回したが局所的に錆が落ちただけであった。 そこで
タンクライナーを試してみることにした。
この頃は錆取りとコーティング剤の二本セットだった。
錆取剤を湯で薄める方が効果が上がるとのことだったので 下宿にタンクを持ち込んで作業した。 3日ほど錆取り液に浸した後 この液は洋式便器に流し、シャワーで内面を洗い流した。
きつい匂いがしたが結構錆は落ちてきれいになった。 再び錆が出そうなので洗面台の上でドライヤーをかけっぱなしにして乾燥させた。
次にコーティング剤を入れて四方八方に傾けて液を隅々に巡らせた。 このコーティング剤が強力な有機溶剤の匂いがした。 鼻腔から直接脳ミソに直接
突き刺さるキツい匂いであった。 コーテイング剤のタンクの中で余った分は捨てて約1日乾燥させましょうとある。 あまりの臭さにアタマが眩んこのコーティング剤も便器に流してしまった。
これが間違いのはじまりだった。
狭い下宿の中は有害そうな酷い匂いで充満していた。
激烈な頭痛とハライタが同時にやってきた。やむなくタンクライナーを捨てた便器に座ることになった。 ひどい下痢であったのは言うまでもない。 すこしハラ痛はマシになったと安心したのも束の間、なんと!トイレが溢れ出したのだ! 有機攻めの次は下水攻めである。
よく観察すると 水位は少しずつ下がっていくみたいである。 ある程度 便器内水位が下がった後に便器を外してベランダに運び内側を掃除するしかないと割れそうなアタマで考えた。 水面が下がってくるのを見ながら蓋や便座等の付属パーツを外した。狭いユニットバスの中はクサさと蒸し暑さでめまいがしてきた。 便器の付属パーツがこれほど多いとは思わなかった。 水まわりのジョイントを外し 水栓をカットオフしやっとのことで便器基部のボルトを外した。 便器をビニール袋に入れて裏返した。
便器の裏側は悲惨さを極めていた。これを剥して掃除することを考えると気が遠くなった。 汗まみれでベランダにブツを運んだ。 畳に滴り落ちる液体には目を向けない様に…。 裏返しにして軟着陸させたが…バキッと不吉な音がして…TOTO社の洋式便器はあっけなく割れてしまった。
こんなに いとも簡単に割れてしまうとは…。 酔っ払って転んで便器に頭をぶつけたら割れてしまったと言うハナシを聞いたことがあったが さもありなんと感心した。 聞きしに勝る脆さである。
今や修復不能となった便器を眺めてみると 複雑な構造をしていた。 製造過程を見せてもらいたいものだと思った。 気を取り直してコーティング液とゲリ便で悲惨な状況にあるブツをビニール袋に入れる。
こんな時に限って充分な大きさのビニール袋が無い。 青色のビニール袋を何重にも被せてガムテープでぐるぐる巻きにした。
まるで殺人の物証を隠滅する犯人のようである。 蒸し暑い真夜中に ベランダで何かをビニールにつめている姿は どうみても怪しく映るだろう。
汚水まみれの手を洗おうと洗面所に入ったが 便器の無い便所はかなり異様であった。

さて便器の入手である。 どこで便器を売っているのか想像も付かない。 当時クーラー据付業をしていた斎藤さんという人に電話して聞いたが まったくバカにされておしまいであった。 翌日も朝から異臭が酷かったのでガレージに避難した。 便器がないと下水と部屋は直結状態になるらしい。
その頃借りていたガレージは 元喫茶店であったものをガレージとして貸し出されていた物を数人で借りたものであった。
クルマなら二台入り 奥に三畳間とトイレ付きというエンスーヨダレもんのガレージであった。 ガレージでトイレを済ませるとイエローページを広げた。
まず「便器」で引いたが無し。 次に「便所」で調べたがやっぱり無し。 結局は「上下水道」でそれらしき問い合わせができた。 比較的住所が近い水道設備屋に電話したが すぐに見積もりに来るとのことになった。
×○水道設備はすぐにクルマでやってきたが パンチパーマバリバリの カルビ焼けしたイカツいオッサンだった。 便器付きで二万円ほどで仕上げてくれるとのことだった。 もはやお金の問題ではない。 オッサンは 便器にFRP流したらアカンよと鼻で笑って去って行った。
翌日3時にニュー便器を仕入れて来てくれるとのことだったので その日はガレージに寝泊りして翌日出勤した。 仕事はテキトーに擦りぬけて3時に下宿に帰りニュー便器の据付を見守った。 我が家に便器が戻ったところでオッサンに旧便器の処分について相談した。 オッサンは 5千円 と一言ニヤっと笑って快諾してくれた。 ブルーのビニールに包まれベージュのガムテープでぐるぐる巻きになった内部コーティング便器は軽トラに乗せられて去って行った。
試しに水を大の方に捻って試運転をしてみたが 爽快に水が流れ ひいていった。 危機感と焦燥感が水音と共に去って行った。 その後、便座を跳ね上げている時も 指で支えておかなければ倒れてくるようになったが 特に問題なく使用できた。 引越しした後も まさか便器が変更されているとは 大家さんも気が付かなかっただろう。 最悪の状況をうまく乗りきった自分を誉めてやりたい気分であった。 W1の防錆コーティングもうまくいったので フィルターも必要なくなった。
数週間後 淀川河川敷公園にW1を乗り入れた。 夏はすっかり色褪せ、渡る風が秋の気配を物憂げに運び始めていた。 葦の原が模様となって風の形を描いていた。 W1の調子は全てが完璧であった。 少々地獄を見たが それもすでに風化していきつつあった。 安らいだ充実した気分で葦の原を眺めていたが…ある物が目に飛び込んできたとたんに戦慄した! 顔面に血液が逆流し 眼球に高圧の血流が巡った。 葦の原の中に見覚えのある物体が! 視力2.0を誇るウルトラアイがその物体に焦点を合わせ急速にズームアップした! あれは!!
セピア色の光が深まり 暮れゆく葦の原に あまりにも場違いなブルーの物体が転がっていた…あまりにも鮮明なブルーが…。
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