25年ぶりのスーパーミニトレプロジェクト開始 vol
2
BY ROADSTER
1999.10.30(SAT)
今日は、秘密倉庫へ行き、スーパーミニトレのドナーをトランポに乗せてK師匠をたずねました。今日の師匠のファクトリー前は、さながら昭和40年代初頭でヤマハDT1シリーズの虫干し状態を呈していました。
米国里帰り仕様の単座DT1と国内向けダブルシートのDT1が外にありました。
一言でDT1といっても、俗に「ウインカー無し」と呼ばれる超初期モデルから「ウインカ付き」の国内ダブルシート初期型、さらにその輸出仕様である単座DT1などのバリエーションがあり、さらに後期型としてDT1Fと呼ばれる、スイングアームが延長され角断面から丸断面にその他各所の仕様変更をほどこしたモデルへマイナーチェンジされます。
外観面でDT1の大きな特徴である、楕円のアクリル製のヤマハエンブレムの付いたガソリンタンクはこのモデルまでで、これ以降はDT250と呼ばれ一般にはDT1と区別されます。
ここで、1970年当時のヤマハ製トレールモデルについて補足しましょう。
まず、車名(例えばDT1)には以下のルールがありました。
つまり
頭のアルファベット |
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F 50cc
J 60cc
H 90cc
A 125cc
C 175cc
D 250cc
R 360cc |
2番目のアルファベット |
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S スポーツ
T トレール |
3番目の数字 |
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1 1型(初期型)
2 2型 |
DT1を例に取れば、D(250cc)のT(トレール)の初期型ということになります。
今回のスーパーミニトレ125プロジェクトの対象であるミニトレについては1971年発売でGT50とよばれており、上記のルールが崩れた最初のケースです。つまり、車名に排気量を表記したため、排気量を表すアルファベットが意味をなさなくなりました。
このモデルは先代がFT1といい、50ccのミニトレールの意味でミニトレと呼ばれ、当時大ヒットモデルとなりました。GT50はロータリーバルブエンジンからリードバルブエンジンに変わったモデルでミニトレを継承します。
こいつにAT1(後にAT125)のエンジン、HT1(後にHT90)のマフラーをつけてやろうというわけです。
当時はスクランブラ―と呼ばれたオンロードとオフロードの中間的なモデルしかなかったところへ本格的なオフロード専用設計であり、キットパーツというレース専用部品を組みこめば簡単にモトクロッサーに改造できるDT1が発売になり販売面で大成功をおさめた時期でありオフロード専用モデルが50ccから360ccまでフルラインアップを揃えたトレールモデル黄金期でした。
補足;モトクロッサーはすべてMX+排気量で呼ばれました。
(例;MX125)
当時ヤマハのファクトリーカラーは白であり、特にパールホワイトはDT1から80年代のRZ250に至るまでイメージカラーとして人気がありました。
AT1初期型国内ウインカ付きモデル
1969、エンジンはAT125 |
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GT50初期型モデル
1972
これがドナーである。 |
GT50ボロフレームにAT1エンジンを仮に載せてみました。
実際はAT1についてるエンジンとスワップします。
ガソリンタンクは手持ちのFT1用を合わせてみました。なかなかいいでっしょ。
(^○^)
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でも、マフラーがないんです〜。
えーーーとどなたかHT1(HT90)のマフラーゆずってちょ!!!m(__)m
(HT90のダウンマフラーじゃなくてアップの方ですね)
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