ジローの発見?・理想のマシン!

 

 
〜プロローグ〜

 

 
ジローは 真夏の阪奈道路を押していた。
 
カワサキを押すのを生活の一部であるように感じているジローであったが、今度ばかりは勝手が違うのを感じていた。
カワサキの不調は日常茶飯事であったが 今回は深刻さが伴うのだ。
 
 
不調の始まりは昨日の朝から始まった…。


 
一晩の宿りをお借りしたお堂から出て カワサキのウォーミングアップを始めたジローは いつもと違う感覚を味わった。
始動性が悪いのである。 よもや始動してもアイドリングが安定しないのだ。 どうやら右一気筒の偏打ちがあるようだ。
加えてアイドリングが低い。 スクリューで上げてやったが これほど回さないと上がらんものか?と不安になった。 その不安が気のせいとごまかせないことには 坂の上りで明らかにパワーが出ないのである。 上がりでは半クラを多用するわりに 下りでは元気になるのも解せなかった…。




その夜 ジローは 歌声喫茶「道草」で70年代フォークをメドレーで流していた。


 
「道草」はジローの数少ない契約店であるが こんな店まだあったんかいな〜といった風情である。 音大が近くにあり 学生で賑わう店であるが 常連でないと入りにくい雰囲気がある。 壁の掲示板には バンドメンバー募集や 作曲編曲します といった張り紙が重ねて貼ってあった。
 
 
誰もが忘れていた憂歌団のナンバーがキマると 店内は異様に盛り上がった。 反面 彼の不安感は 脳裏で渦を巻いていた。
 
「ごめんやけど 今夜は次の一曲までにしてや〜」
ボトルネックをジージャンのポケットから出しつつ 客をクールダウンさせた。

 


一夜明けて 今朝はさらなるトラブルに見舞われた。

走行中もディスチャージランプが点いたままなのである。 ジローには このところの不調と充電不良に因果関係があるかは理解できない。 ただしこれは光明時博士のもとへ急ぐべきだということは明らかであった。
奈良市街を抜けて 大阪を目指す。 心なしかアクセルを開け気味にしないと前に進まない。 ディスチャージランプが不吉な赤色に輝いている。 阪奈道の案内板をみつけ 左折のウインカーを出したが とたんにエンジンがストールした。
 

ウインカーを切って 路肩で再始動を試みる。
エンジンが弱々しく息を吹き返した頃には 彼は肩で息をしていた。 バッテリー点火のカワサキは バッテリーの電圧が下がりきるとともに活動停止に陥るだろう。 ジローはカワサキが走る間に 少しでも距離を稼ごうと思った。 シートに飛び乗ったとたん 背中のギターが不吉な音をたてた。 今や息絶え絶えのカワサキは 一路、大阪へ向かうが 数キロも走らないうちに止ってしまい 二度とかかろうとはしなかった。
 
ニュートラルランプは一応点いているので ヒューズではないだろう。 CDIの独特の音も弱々しく儚く感じられる。 仕方なく 路肩をヨタヨタと押しはじめた。 蝉時雨と 夏の陽射し そして大阪までの距離という現実が彼の背中に圧し掛かる。 今まさに夏本番の風景の中 ジローは正面を見据えて押しつづけた…。

 

 

おなじみのジローさんのカワサキ500ss KA-1は往年のショーモデルだった。

彼がいかにして入手したかは不明。 
最高速チャレンジ中に痛恨の焼き付きをきたしていまは八幡のジャンクヤードに眠る(らしい)。 


彼はその日のファッションで乗りかえる1台も所有していたらしい。 
当時は羽振りが良かったんだろう。


千林商店街で盗難。


 

 

現在のジローマシンでエドワーズ空軍基地にチャック イエーガーを訪ねたときの写真。

 
このツアーで五万キロをマーク。



 

 
 

どの町にも一軒ぐらいはある工作所。 


その存在に一般市民は気が付かないかもしれないが 2スト野郎は 一軒ぐらい仲良くなっておこう。


 
 
光明寺内燃機にて

 
光明寺内燃機工作所の軒下に辿り着いた時には ジローの膝は笑っていた。
 
ここに来るのは5年ぶりぐらいかもしれない。 油で汚れたスダレを持ち上げて中を覗くと機械油の焦げる匂いが鼻をつく。 時間が止ったように5年前と同じだと感じる。 旋盤の横から懐かしい顔がのぞく。 こちらは 年齢がイったなあと感じてしまう。
光明寺博士(こうみょうじ ひろし)さんだ!

昨日からの不調の様子を光明寺に話すと上がってしまったバッテリーをチャージしつつ「オーバーホールから何キロ走ってる?」と訊ねた。
ジローはギターから整備帳 と書かれた大学ノートを引き出して紐解いた。
「今のスピードメーターが4代目で 合計6万キロ…」

光明寺は肩をすぼめて苦笑する。
瞬く間に シリンダーヘッドを開けて ピストンを眺める。
「メルトダウンやなぁ…。」
ひとしきりシリンダーの内壁を眺めて ノギスを当てた後 左クランクケースカバーを開いて ヨークアッセンブリーを外していく。
「フィールドコイルも 切れとるねえ。」


充電不良はこれによるらしい。
とにかくエンジンを降ろすことになったので これを手伝った。

 
これ以上見るに忍びないので ギター片手に居酒屋街へ向かった。
世間は給料日前なのだろう。 客足はまばらで リクエストも湿気ている。 仕事帰りのおねいさん方のおひねりをしまいながら 縄暖簾をくぐって路地に出た。 雲間から赤い三日月が煌々と顔を出している。 カワサキはこれまでも幾度となくトラブルに見舞われてきた。 決して楽に乗り越えてきたわけではないが 今度ばかりはキビシそうだ。 これで終いになるかと思えば あっけないものだ。

 

翌日 ジローは光明寺内燃機のスダレをくぐった。 見たところすっかり組みあがっていた。 しかし博士は カワサキが絶望に近い状態だときりだした。

「クラッチのハウジング だめ メーカー欠品。 ピストンシリンダー摩耗 オーバーサイズ入れ済み。 これで限界。 レギュレーター半だめ 欠品。 リアサスダンパー抜け絶望。 ステアリングステムベアリング 駄目 うちかえ済み…。」

よー一晩でこれだけやったなあというぐらい指摘したあとで…
「決定的なのは クランク自体が駄目。 一次圧縮が抜けてるから偏打ちと 出力低下があったんやろね。 もうじきあかんやろ。 それとジェネレーターのフィールドコイルが 半分駄目。 これもゆうてるまにアカンやろ。」と とどめを差した。

「まあ 一年の猶予やねえ。 悪いことは言わんから そろそろニューマシンを探したらどうかねえ…。」
ワンショットで射止められた鹿は 痛みも感じずに諦めることができるとは 将にこの事だろう。 ジローは カワサキが活動している間に後継車を見つけることを決心した。
「その代わり CDIは特製のものを積んどいた。 これは音がしないかわりに 消費電力が極めて低い。 しかし ある条件で特殊な音が流れるようにできておる。 それはジローさんがモンクのないニューマシンを選ぶのに役立つ筈だ!」






光明寺CDIにどんな仕掛けが…?

 
 

…かくして ジローは光明寺内燃機を後にした。
 
果たしてジローは理想のニューマシンを見つけることができるのであろうか?
手負いのカワサキの機能停止まであと365日。

 

あと 日しかないのだ!!