大排気量ツイン

 

第一話

 

ジローは悩んでいた。
彼の愛機の活動限界が見えてしまったことも頭痛のタネであったが それ以上にどうしようもない悩みが脳裏に渦巻いていた。 ニューマシンを探すこと、これほど難しいことはない。 長年 ともに走った(押している距離もたいがいだが)2スト三気筒マシンの代わりになるものは…。 全くの禅問答である。 ジローはカワサキ重工のミュージアムを訪ねることにした。

カワサキのミュージアムは 以前に比べてコレクションを増やしていた。 A7やメグロといった普段お目にかかれない単車を見ることができるのは楽しく感じられるが一方では 展示車がもはや道路を疾駆することがなく余生を送ることも容易に見えてしまう。 自然史博物館の昆虫の標本を見ている感覚に近い とジローは寂しさを禁じ得ない。
彼は 冷ややかな視線を展示車両に落していたが 一台の単車の前に釘づけになった! それはZ1の影にひっそりと佇んでいた…。

 

カワサキZ750TWIN (1976年〜 )



並列二気筒DOHCエンジン搭載。 カタログデーターによると 7千回転で55馬力と凡庸であったが驚くべきは三千回転にして6.0kg−m という強大なトルクにある。 シルエットはZ1そっくりではあるが サイドカバーが異様にデカい。

せめてエンブレムが大きく 見映えのするものなら ひょっとすると桁が一段違うヒット作になったかもしれない。 いや いずれにせよ 4気筒Z2の人気を上回ることはなかったか…。 欧米では 国内販売が終了した後も長年に渡りラインナップに名を残した。

Z750twin 開発中のスクープイラスト。

900ccか?という噂もあり発売前は期待されていたのだが・・。

 
 

ジローは約束の峠に向けカワサキを走らせた。 光明寺内燃機での修理の後 彼のカワサキは幾分調子を取り戻していた。 ウインカーは点ける時間を短くし 節電に努めているとはいえ なんとか充電されている様子だ。 高回転でのトルクもまずまず出ている気がする。 しかし 忍び寄る活動限界の不吉な影は消えることはなかった。

 

 

約束の峠にはFさんは先に着いていた。 次期メインマシンにZ750twinにしようかという ジローのワガママを聞いて 快く試乗させてくれることになったのだ。

Fさんの友人はなんとホンダZで来たらしい。 名前だけ復活した新型と違い 趣がある。 軽とは本来こうあるべきだ!と主張しているようなクルマだ。

 

さて FさんのZtwinであるが これが 最近カワサキで買ったばかりではないかというほどキレイに維持されている。 濃紺を基調としたカラーリングが 紅葉のはじまりの風景に映えて 絶妙である。 現在の単車と比べて カラーリングなどはずっと大人向けで 且つ 大胆である。 これだけでもジローはクラクラっとイッてしまいそうになった。 危うしジロー!

 

Fさんと並走して峠道を流す。 彼のヘルメットは昭栄のSZか? Ztwinは滑らかなリーンでコーナーを回っていく。 いかにも2ストですよ というジローマシンとは対照をなすジェントルな音が山間に木霊する。

 
さて 試乗である。 Z1と変わらない大柄な車体にまたがり キックで始動した。
案外 拍子抜けのキックの重さを味わった後 エンジンはドロローと滑らかにアイドリングを始めた。 アクセルを煽るっと グオオーといかにもトルキーな吹け上がりを感じる。
一速に入れて発進し 車道に躍り出た。 うおおお〜と思わず声にしてしまうトルク感である。
4千回転で二速へ。 バックトルクでキュッとタイヤが鳴ったが アクセルを開けると強力なトルクで前に押し出される。 アスファルトに黒々としたスキッドマークを描き加速する。
 
4気筒Z譲りのDOHCサウンドに オニのようなトルクが合わさって不思議な乗り心地である。 コーナーリングはよっこいしょであるが 慣れているので問題はなし。 コーナーを何速で立ち上がっても アクセルを開ければトルクで立ち上がる。 4速アクセルオンオフでコーナーを駆けていける。 トップギア5速からどんな回転数からでも引っ張り上げられる。 まさにオートマ感覚と言うやつだ。

しかし 4千回転からレッドゾーンまで あくまでなだらかな 言い換えれば平坦なトルクカーブで上ってゆく そんな 今ではあたりまえな感覚をジローは善しと感じなかった。 もうひとつピリッと感じる何かが欠落しているのを彼は見逃さなかった。

しかし ツアラーの傑作であると彼は確信した。 カナダで出会ったライダーの 「これに勝るモーターサイクルは未だにない」と笑った顔を思い出しながら次のコーナーに向けアクセルを開けた。

 

ジローは Fさんのリクエストのイーグルスを弾きつつ 残念ながらニューメインマシンには別の単車を探すと伝えた。

「これはこれでええけど やっぱり2ストが…」

と言葉にしたとたんに頭の芯に激痛が走った!

「ぐわわ〜 うひー! 痛てててて〜!!」

なんと ジローマシンのCDIがギルを奏でているのだ! 彼は 早々にエンジンをかけて立ち去った。 エンジン音がCDIの音を掻き消してしまい 激痛は和らいだ。

光明寺CDIの秘密はこれか〜とジローは思った。

 

83年発表のスズキ版ザッパーとも言える一台。
 
こいつも馬力はたいしたもんではない(53馬力)が6千回転で5.6 kg−mと数値だけでもなかなかのもんだ。 但し 実際乗ってみるともっとトルクフルな感じがして良し。 400の車体に中間排気量のエンジンって いいよなあ。

 

「もう一台 ちょっと前に良く似た単車があったなあ。 これも地味ながらなかなかいい単車らしい。 GR650ってゆうんやったなあ。 でもなースズ…」とヘルメットの中で呟いたところでジローは口をつむることにした。

 

博士 ここにもベストマシンはなかったぜ…。

手負いのカワサキの機能停止まであと350日。

 

あと 日しかないのだ!!

 


 
 

第二話 「ホンダの2スト3気筒」につづく・・