二役のヒーロー
〜異国の地に偽ジロー現る?!〜

  
 
 
第四話


 

ジローは ウィンカーを右に出し 慎重にロータリーに進入した。 同じロータリーとはいえ 森小路や千里山の駅前にあるものとは規模が違い 三車線からなる巨大なものだ。


 
しかも このロータリーの中心の広場には 我々にとって凱旋門と呼ばれて馴染み深い建築物が建っている(驚いたことに 凱旋門はひとつだけではなく 幾つもあるのだ)。 そして すでにそこは公園としての機能も果たしているようだった。
もっと大きなロータリーならば 進入する車とロータリーから出てくる車のための信号があるが この大きさのロータリーなら 内側の交通をすべて優先するという規則に則りスムーズに流れていく。 はじめは右側通行と このロータリーの走り方に慣れず 何周ぐるぐると回わったことだろう。
しかしジローも そろそろロータリーの良さが分ってきた。
 
モンなんたらなんたら通りを 北上したいと思いつつ 太陽の方向だけを意識しながら走ってしまう。 適当なところで地図を見ればいいや と ついツーリング気分になってしまったが ジローには ここフランスの地には対峙しなければならない(ヒーローもんにありがちな ネタが切れてきたら使われるアノ!)宿命が待ち構えていたのだ。

 


 

あれは ハイテンションコードを交換した晩のことだった。

 
今では考えられないことだが ジローのマシンは 高圧コードを二年おきに交換しなければその性能を発揮できないのだった。
60年代終わりの開発時には 日本製のハイテンションコードでは強大なCDIからの電流をリークせずに伝えることが出来なかったので アメリカ製のものが採用されたと言われている。 しかし今では彼は ヤザキのメートル売りコードを使っている。 当然、当時のものとは比べものにならないぐらい品質は良いが 毎日毎日長距離を流す彼のマシンは コードの劣化も早かった。
イグニッションコイルから出た一本のコードは右カバーの中のディストリビューターで 120度毎の三本に分配され 今度は右キャブをまたいでシリンダーヘッドに向かってのびている。 ああなんと簡素な構造をしているんだろう…ジローは全身の力が抜けていくような ため息を洩らした。
 
その時である!
 

電装屋の店先の ソリッドステイトと書かれたテレビがとんでもないセリフをジローに投げかけたのだ!
 
「ヘイ ジャポンの贋ジーロさん ミーとショウブザンスネ。」
 
ねこじゃら市の11人が終わり NHK六時の子供ニュースに登場したフランスのジローと称する男は カラフルなボーリングのピンでお手玉をしていた。 サーカスのピエロがよくやっているアレだ。 しかもベルボトムジーンズの腰を クイッ クイッと前後にくねらせている。
NHKも下品な奴を画面に出すようになったものだ。
次はエッフェル塔の又のところから なんとウクレレを弾きながらバンジージャンプをカマしていた。

 
なんというイロモンだ!。
その芸の合間にパリジャンのやんやの喝采のシーンがカットバックされる。 そのジローは 日系フランス人であり 伝説の大道芸人ジローは自分だというのである。 いつから自分は大道芸人になったのだろうか?
それも伝説とは…。 あ〜いかんいかん こんな色モンの挑発にのってはイカン。 自分は大道芸人ではない。 れっきとした流し である。
 
その時である。 そのえせジローは 見たこともない三気筒マシンに跨り さらに挑発した。
 
「ヘーイ ニッセジーロ ミーのクールなマシン ゼッタイ ユーをブッチギル! ショーブネ贋ジーロ!! エフェルトーの下でショーブネ! バンザイ サヨナラ!」
 
あとはNHKらしい のどかな音楽で番組が終わり みんなのうたが始まった。

 

大道芸人と 流し。 この芸の違いで甲乙をつけるのは馬鹿げている。 しかし 走りで勝負と言われるとひくことは出来なかった。

ギャオーン ギャーン クウゥオーン
ジローはレスポンスがシャープになったマシンを走らせた…。
 

エッフェル塔広場には すでにギャラリーが集まっていた。
その輪の中心に柔道着を身につけた男が腕を組んでたたずんでいる。 ジローが到着するのを待ち望んでいたように人の輪が切れた。 ジローはマシンを停めて 人垣の間を柔道着の男に向かって歩いた。 ううっ なんと重い空気なんだ…ジローはそのジローと称する男に近づき先制攻撃を仕掛けた!

「お、おじゃましまんにゃわ!」
 
シーン…。 うっ ウケない!
最近関東進出を果たした吉本ネタも ここフランスでは通用しないのか!すかさず柔道着野郎が返した!
 
「なんやキミ 邪魔しにこんなとこまできたんか!」
 
「一本!」
審判が白旗を上げながらこちらを見ている。
 
水を打ったような静けさが 一転ワーという割れんばかりの大歓声に変わった。
しまった〜一本取られたか〜まけるなジロー!!

 

「次は ライディング勝負ね!」

そのフランスジローは イッキに柔道着を脱ぎ捨てた。 またの部分はホックで留めてあり ワンアクションで脱ぐことが出来るようだ。 男ストリッパーかキミは と突っ込みを入れかけたが止めた。 下には革のライディングスーツを着込んでいる! いちいち臭い奴だ。

バニーガールのねえちゃんが バイクを押し出してきた。
ん? これは!幻のモトベカーヌだ!! ああ〜試乗させてくれー!!

 
 

 

モトベカーヌ500

 

500はほぼ完全なショーモデルで 殆ど市販されなかった。
マッハのCDI点火の上を行く 低公害を狙ったコンピューター制御電磁式インジェクションを搭載した空冷2スト3気筒車であった。 7200回転で52馬力をマークしていたらしい。

 

マッハのイナズママークのむこうを張って こちらは電子マークだ! なかなかイカスぜ!
電子制御フューエルインジェクション搭載を誇るのだろう。

 

「コンピューターが正確な燃料要求を計算し、燃費の経済性ときれいな排気ガスにし、エンジンの作動を安定させ、加速を向上させてくれる。 機械式の燃料加圧ポンプとエンジンの交流発電機で働くコンピューターでもって エンジンはバッテリなしでも回る。 インジェクターはシリンダーの後ろの吸気ポートの上で、掃気口を通じて燃料がシリンダーに直接噴射される。」 ということらしいが…。
原理や理屈はともかくとして コンピューターが無条件に万能で 間違っても今日のような家電に成り下がっていなかった頃の夢のバイクだったのだろう。
量産されていたとしても 自動扉の横で急にエンストしたりしたのだろうなあ。

 

しかし「アナクロ計算機」とは・・
アナログの誤植としてもコンピュータなんやからデジタルちゃうんかい!とつっこみたくなるぞ。

 

点火時期検知ピックアップのメカだろうか?

マッハにもおなじみの120度クランクを予感させられる。 ああ やっぱり120度だよなあ。

 

E=ミー氏のモトベカーヌ350


500ゆずりの 各気筒ことに独立したエレクトロニクスイグニッションを搭載し7200回転で38馬力を叩き出すそうだ。
他にもウリとして 合計150Wに達する強力な灯火類がセールスポイントらしいが…。

 

く〜一文字ハンドルがしぶいっす。

シンプルなメーター類もなかなか良い感じ!

 

空冷2スト3気筒エンジンは スズキGTでもなくマッハでもない。
印象で言えば東宝キングコングに対する メカニコングのような感じだ(なんのこっちゃ)。
 

その3気筒エンジンにスズキのような4本マフラーだ。

スズキとカワサキをごっちゃにしたようなおかしさだ。 マフラーは細く 当時の直管マフラーのような感じだ。

 

モンマルトルの丘に向かう小道を アグレッシブに飛ばすE=ミー氏


ノーヘル 素手でライディングするところがヌーベルバーグしている(意味不明)。


 


鮮やかな黄色に塗られたガソリンタンクとサイドカバー… あ〜もう勝負なんてどうでもえ〜。 キック一発で メカニコングは目覚めた。
暖気もそこそこにシャンゼリゼ通りに飛び出す。
 
パパパパパリパリビャビャーンと吹き上がる。 なかなか滑らかに吹けあがるではないか! うんうん120度だ!
一瞬 通りに面したボンジョルノ模型の看板が目に入ったが そんなもんは今ええんじゃー!
しかし エンジンフィールは GT380とそっくりと言えるが さらにトルク側にふった感じが強い。
うう〜ん これはこれで良いかもしれないが ちょっと物足りないぞー。 まあ少なくとも これに我がマシンが負ける筈がないぜ〜。

 
 

試乗を終えて フランスジローにモトベカーヌを返す。 試乗の間 ジャグラーで観客を盛り上げていたようだ。
勝負は凱旋門ロータリー3周レースだ。 この勝負で負ける訳にはいかない。

 
ぶっちぎりを目指す! 負けた方が虚仮なのだ。 アップで見ると肌荒れがきついパリジェンヌが フラッグを振ってくれた。 でえい! 絶妙のダッシュを見せつけてやった。 パリの風景が大きく左にバンクする! マフラーが接地しているのが感じられる。 許せマフラーよ! 負ける訳にはいかないのだ!!
 
最終コーナーを回ってゴール! ぶっちぎりの勝利だ! しかしフランスジローは モトベカーヌの上に片足で立って走ったり ロケット乗りを見せながら 観客の声援を受けつつ走っている…。 くそう ナメやがって! フランスジローは盛大な拍手とともにゴールした。
 
「アナタ ヤパリにせジーロさんね。 ショーマンシップない。 ミーの勝ちね。」
 
「なんでやねん!」
 
「この国では アランドロン 人気ない。 ジャン ポール ベルモンドみたい コメディアンウケル。 それ知らなかった アナタ負け! 必死 カッコ悪い ジョーク最高!」

 

怒りのジローを尻目に フランスジローはウクレレを取り出した。
 
 「はは〜ん ジーロさん オコチャダメ! スマイルよ!

  あ〜あ やんなっちゃった あ〜あ驚いた

  聖書の箱はパンドラで〜 ドイツの総統ヒットラだ〜 砂漠の怪獣アントラよ〜

  あ〜あ やんなっちゃった あ〜あ おっどろいた

  タイガースは今日もダメトラで〜 うちのカミさん オオトラよ〜 んでもってオイラはリストラね〜

  あ〜あやんなっちゃった あ〜あ驚いた!」

フランスジローのマキシン節はこの後もフランス語版に切り替わり ひたすら続いた。
こんなしょーもないのん なんでうけるんよと ジローは情けなくなった。 やがて大喝采を受けつつ マキシン節は終わった。

 
敗北の色が濃くなったジローに 観客の目が注がれた。
もう後がないのか!危うしジロー! そのとき ポケットから束になった紙切れが出てきた。 咄嗟に閃き サイドカバーを開けて 工具入れからあるものを取り出した。 五つダマのソロバンだ!
フランスジローに紙の束に書かれた数字を読み上げさせた。
 
「ゴワサンデネガイマシテハ…3500エンナリ 4000エンナリ…2880エンデハ!?」
 
「2462189円!」
 
「オオ〜チャイニーズカリキュレーター!!」
 
フランス人は80以上の数字を数えるのが極端に苦手なのだ!
 
「んで それは フランスまでのガス代だ!」
 
「オオ〜トレビアーン!」
 
 
風向きがジローに向いてきた。 今だ!ソロバンと言えば トニー谷だ!

 「ちょっとそっこゆっく まっどもあぜる あなたは今日はどっちらから?」
 
 「ミナミ オフランスデ ゴザイマス」
 
 「みなみの どこのお国から?」
 
 「リビエラカラデ ゴザイマス」
 
 「それでは そちらのジェントルメン 今日はどちらのお国から?」
 
 「ミナミノシマデゴザイマス」
 
 「お島のおなまえ なんてーの?」
 
 「オアフトーデ ゴザイマス」
 
 「ホントのお名前 なんちゅーの?」
 
 「E=ミーさんと モウシマス」
 
 「ギャハハ! ニセジローの正体見たり!」
 
 「シェー し しまったザンス〜!!」
 


フランスジローは オアフ島出身の日系アメリカ人 エリック=ミーさん(実家ではザンザスに乗っているらしい)であったのだ!
フランスのヒーローは実は英語圏のまわしものまがい物だったのだ!
 
怒りの観客から ほうほうの体で逃げ出したE=ミーとジローは 次のハワイ巡業ではコンビを組むことを約束し(ダブルジロー) 未来に向けアクセルを開けた。

 

 

やはり この路線はかなり無理があったなあと半分後悔しつつ、
博士 ここまできても ベストマシンはなかったぜ…。

手負いのカワサキの機能停止まであと50日。


 

あと日しかないのだ!!



  

〜ジローの豆知識〜
 

フランスのモトベカーヌ社は本来モペットを製造する会社です。
 
世界初インジェクションの500が有名ですが、350もラインナップされていたようです。
こっちはコストの関係か普通のキャブでした。

 
 

これはやはり低公害を狙って企画された、ヤマハGL750。
インジェクション水冷2スト4気筒。

残念ながらオクラ入りとなってしまいましたが市販レーサーのTZ700のベースとなったようです。

存続を危ぶまれた2ストは後に水冷RZ250となって復活したことは記憶に新しい。